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すの記

フリーランスライター・鈴木希望のブログです。

ラーメンかつ吉

東京に住んでいても東京タワーに登ったことがない人がいるように、「いつでも行ける」と思える場所にはなかなか足が向かないものだ。

中学校への行き帰りに前を通っていた『ラーメンかつ吉』は、わたしにとってその最たる存在。波板張りの食堂然とした店構えは、決して敷居が高そうではない。とはいえ、『かつ吉』。ラーメン屋なのにまるでとんかつ屋のような屋号を掲げる店の主はなんだか面倒そう……そんな印象が拭えなかった。


しかし、見慣れた風景が姿を変え、馴染みであった店が看板を下ろすことが少なくない昨今。「いつでも行ける」という思い込みにより、「いつかは行きたい」というかすかな願望が、叶わぬままで終わるかもしれない。少しだけ自分を奮い立たせ、『かつ吉』の扉を開けた。

出迎えてくれたのは、わたしの勝手な想像とはまったくかすらぬ、還暦絡みと思わしきにこやかな男性だった。
4人掛けのテーブル席が4つ、6人が座れるカウンター。こちらは想像どおりの食堂らしい造り。AMラジオの音声が温かく響いている。

メニューにあるのは塩ラーメンと醤油ラーメン、 チャーハン、焼豚丼、ライス等、奇をてらったものはない。夏には冷やし中華も加わるようだ。選択肢は少ないが、わたしにしたら初めての店。どれを食べたら良いのか迷ってしまう。
「おすすめはどれですか?」
と訪ねると、
「塩ラーメンが評判いいね」
とご主人が微笑むので、それを注文。

出てきたものを見て驚いた。スープにはいっさい濁りがなく、丼の底が見えるほど透明なのだ。すすって驚き再び。野菜の甘味と昆布や椎茸の旨味がしっかり活かされた出汁は、ラーメンスープと思えないほどの上品さ。極細の麺と絶妙に絡み合っている。叉焼の代わりに添えられた蒸し鶏も好相性。優しく、しみじみと美味しい。


たまたま客がわたしひとりであったので、お話を聞くことができた。
ご主人である重野隆男さん(65)は、生まれも育ちもこの土地。市街地の料亭で腕を奮うお祖父さんに憧れて料理人を志し、中学校卒業と同時に上京。日本橋人形町の割烹で10年修行した。
「自分が店を構えるなら、気軽に食べてもらえるものがいいとずっと思っていたんです」

日本料理の道へは進まず、帰郷してこの店を開いたのは40年前。最初は大衆割烹に近い品揃えだったという。
あるとき、お客さんからの提案で作ってみた和風出汁の塩ラーメンが好評。試験的裏メニューだったが、注文が増えたことから定番化。ラーメン中心になったのは25年くらい前。ちょうどわたしが店の存在を知ったころだ。

とんかつを出していた時代も、やはりあったのだろうか。
「屋号のことですか?よく言われるんですよ、紛らわしいって」
重野さんのお祖父さんが克吉さんというお名前で、そこから拝借したのだとか。

「やっていることは違いますけど、料理に心を込める祖父のようになりたくて入った道ですからね。屋号にしておけばいつでも思い出せるでしょう。祖父も喜んでくれました」


昼間はほとんどひとりで切り盛りしているが、混雑する夜には、奥さん(62)と近所に嫁いだ娘さん(28)が手伝ってくれるのだという。現在息子さん(30)は県外の料亭へ修行に出ており、年内には重野さんとふたりで厨房に立つ予定になっている。


後継ぎも決まっており、ひとまず将来も安泰であろう『ラーメン かつ吉』。
だが、残念ながらわたしは二度と訪れることができない。

 

 

 

 

 

なぜなら、これは過日見た夢の話だから。