すの記

フリーランスライター・鈴木希望のブログです。

俳優・ベンガルとシャバシャバのカレー

過日、友人がベンガルについての話をしていたので、わたしはインド料理が食べたくなってしまいました。

ベンガルとは、インドの地名でもなければ猫の種でもありません。名バイプレイヤーとしておなじみ、俳優のベンガル氏です。


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10年前の話。

仕事の合間に昼食を摂ろうと、都内某所の商店街で時計を見たのが14時過ぎ。飲食店の多くはランチタイムを終え、中休みに入ったころ。

「タイミング逃した……」

コンビニでサンドイッチかなんかを買って腹にぶちこもうかとあきらめモードで歩いていたわたしの目に、「営業中」の看板を出したままのインド料理店が入ってきました。でもよく見るとランチタイムは14時で終了のはず。

「まだやってるのかな……」

入るかどうか迷っていたら、ガラス窓越しに店主らしき男性とばっちり目が合ってしまいました。

as soon asとはこういうときに使うんだという勢いと早さで彼はこちらにツカツカと歩いて来てドアを開け、素晴らしいファルセットボイスで
「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
と叫ぶではありませんか。もう入らないわけにはいきません。


カウンターの向こうには、先ほどの男性と調理人の男性。ふたりともインドの出身。客席にはわたしひとり。

「休憩時間に入るんじゃなかったんですか?」
わたしの問いに店主は即答。
「大丈夫だよ~。食べたいお客さんがいたらそっち優先!」
親切なのか暇なのか―失礼なことを考えながらメニューを眺めたのち、わたしはサグパニール(ほうれん草とカッテージチーズのカレー)を注文しました。

「初めて来てそれを注文するあなたは凄いです!あなた、インド料理が大好きなんですね!?」

(いや、だってメニューに説明文書いてあるじゃん)
と思いつつ、
「あ、はい。以前インド料理屋さんで働いていたのもあって」
とわたしが返すと、いきなり鈍く鋭く光る店主の目。
「……それはどこ?」
正直に某有名店の名前を告げると、

「あそこ!?あそこは確かに有名!あそこは確かに人気がある!でもうちの方が上!絶対上!」

と熱弁が始まりました。

闘争心に近いような店主の熱に当てられながら、「こういう気持ちで研鑽を重ね、美味しい料理ができてくるのなー」なんて呑気にうなずいていたわたし。
「あの店よりうちが上という証拠、ちゃんとありますよ!後ろ!見てください!」
振り返ると、たくさんの写真を押しピンで刺した大きなコルクボードがありました。E版かL版、いわゆる標準サイズの写真で微笑んでいるのは、来店したと思わしき芸能人と店主の姿。
(一流に愛されてるって言いたいのかな……)
と頭をかすめた直後、視界に飛び込んだ強烈な違和感。
それは、1枚だけA4サイズに引き伸ばされ、パウチ加工された俳優・ベンガル氏の写真。
「うちはねえ、ベンガルさんが認めた店なんです!!!!!!!!!!」

「え、あの、ベンガル?さん?名前は確かにインドの地名ですけど、インド料理に詳しいんでしたっけ?ごめんなさい、わたし、よくわからなくて……」
「わたしもそれは知りません。でもベンガルさんは素晴らしい人なんです!わたし、ベンガルさんの大ファンなんです!」
「あ、ああ……ファンだった人に誉めてもらえると嬉しいですよね」
「はい、わたしは店に来てくれて、ベンガルさんの大ファンになりました!」
「???……あ!店にいらしてお人柄や出演されている映画やドラマを知って、大ファンになったってことですね!?」
「違います!」
「えっ……?」

店主とわたしの間に流れる沈黙。
そしてわたしの前には、いつの間にか運ばれていたカレーとナン。冷めきってシャバシャバのカレーと、冷めきってパッサパサのナン。

「あの……いただいてもいいですかね……?」
「はい……」

シャバシャバとパッサパサだったけど、カレーもナンも美味しくて、「出されたばっかりだったらもっと美味しかったんだろうな」なんて思っちゃって。
顔に出ていたのかどうかわからないけど、店主は何回もわたしに謝ってくれました。
「ごめんね、自慢話に夢中になって、自慢したいはずの料理を美味しく食べてもらえなかったね」
って。
それで「美味しいご飯を食べられなかったお詫び」としてマサラチャイを出してくれて、「わたしの自慢話を聞いてくれたあなたへの報酬」と、食事代を無料にしてくれたのでした。

 

以来、俳優のベンガル氏を見るたびに、シャバシャバだけど美味しいカレー、パッサパサだけど美味しいナン、そしてA4サイズに引き伸ばされてパウチ加工された写真を思い出すわたしなのです。

またこの街に足を運ぶことがあれば立ち寄ろうと思いつつ、1年が過ぎ、2年が過ぎ
、5年が過ぎ、10年が過ぎ。
検索をしたら店の名前は別のものになっており、店主も料理人も入れ替わっているようでした。

 

結局どうしてベンガルが好きだったのかな?やっぱり名前かな?もう確かめようがないんだな。
そんなことはさておいて、元気でいたらいいのにな。