すの記

フリーランスライター・鈴木希望のブログです。

【レシピ】魯肉飯

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ごはんのメニューに悩むとよく作る料理のひとつに魯肉飯があります。
InstagramFacebookにアップしたらレシピを知りたいという方がいらっしゃったので、こちらに記しておきますね。

 

≪材料≫4人分ぐらい

バラ肉(ブロック)……500gぐらい
長ねぎ……1本(青い部分も)
干しシイタケ……8枚
ゆで卵……4個(なくても良い)
エシャロットまたはみょうが……2~3個

塩・こしょう……各適量
生姜……ひとかけ


[A]
 酒(あれば紹興酒)……300ml
 はちみつ……大さじ3
 醤油……大さじ2
 オイスターソース……大さじ3
 五香粉……小さじ1

ご飯……4膳分
好みで香菜、茹でたチンゲン菜等


≪作り方≫

①豚肉は食べやすい大きさに切りにし、塩・こしょうをふる。干ししいたけは600mlの水(分量外)で戻し、1cm角に切る(戻し汁は捨てない)。エシャロットはみじん切りに、長ねぎは輪切りにする。

②フライパンを熱し、脂を溶かし出すようにして豚肉を炒め、焼き色が付いたら取り出す。その脂でエシャロットと長ねぎを炒め、しんなりしたらしいたけを加え炒める。さらに[A]を加え入れて炒める。

③別の鍋に豚肉と②を移し入れ、しいたけの戻し汁水600mlと細切りにしたを加え、蓋をして弱火で40分で煮る。さらにゆで卵を加え、10分煮る(水を足しながら長時間煮込むとさらに美味しくなる)。

④器にご飯を盛り、③をかけ、ゆで卵、好みでゆでたチンゲン菜や香菜を添える。


ちなみに普段は目分量です(笑)。

俳優・ベンガルとシャバシャバのカレー

過日、友人がベンガルについての話をしていたので、わたしはインド料理が食べたくなってしまいました。

ベンガルとは、インドの地名でもなければ猫の種でもありません。名バイプレイヤーとしておなじみ、俳優のベンガル氏です。


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10年前の話。

仕事の合間に昼食を摂ろうと、都内某所の商店街で時計を見たのが14時過ぎ。飲食店の多くはランチタイムを終え、中休みに入ったころ。

「タイミング逃した……」

コンビニでサンドイッチかなんかを買って腹にぶちこもうかとあきらめモードで歩いていたわたしの目に、「営業中」の看板を出したままのインド料理店が入ってきました。でもよく見るとランチタイムは14時で終了のはず。

「まだやってるのかな……」

入るかどうか迷っていたら、ガラス窓越しに店主らしき男性とばっちり目が合ってしまいました。

as soon asとはこういうときに使うんだという勢いと早さで彼はこちらにツカツカと歩いて来てドアを開け、素晴らしいファルセットボイスで
「いらっしゃいませぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
と叫ぶではありませんか。もう入らないわけにはいきません。


カウンターの向こうには、先ほどの男性と調理人の男性。ふたりともインドの出身。客席にはわたしひとり。

「休憩時間に入るんじゃなかったんですか?」
わたしの問いに店主は即答。
「大丈夫だよ~。食べたいお客さんがいたらそっち優先!」
親切なのか暇なのか―失礼なことを考えながらメニューを眺めたのち、わたしはサグパニール(ほうれん草とカッテージチーズのカレー)を注文しました。

「初めて来てそれを注文するあなたは凄いです!あなた、インド料理が大好きなんですね!?」

(いや、だってメニューに説明文書いてあるじゃん)
と思いつつ、
「あ、はい。以前インド料理屋さんで働いていたのもあって」
とわたしが返すと、いきなり鈍く鋭く光る店主の目。
「……それはどこ?」
正直に某有名店の名前を告げると、

「あそこ!?あそこは確かに有名!あそこは確かに人気がある!でもうちの方が上!絶対上!」

と熱弁が始まりました。

闘争心に近いような店主の熱に当てられながら、「こういう気持ちで研鑽を重ね、美味しい料理ができてくるのなー」なんて呑気にうなずいていたわたし。
「あの店よりうちが上という証拠、ちゃんとありますよ!後ろ!見てください!」
振り返ると、たくさんの写真を押しピンで刺した大きなコルクボードがありました。E版かL版、いわゆる標準サイズの写真で微笑んでいるのは、来店したと思わしき芸能人と店主の姿。
(一流に愛されてるって言いたいのかな……)
と頭をかすめた直後、視界に飛び込んだ強烈な違和感。
それは、1枚だけA4サイズに引き伸ばされ、パウチ加工された俳優・ベンガル氏の写真。
「うちはねえ、ベンガルさんが認めた店なんです!!!!!!!!!!」

「え、あの、ベンガル?さん?名前は確かにインドの地名ですけど、インド料理に詳しいんでしたっけ?ごめんなさい、わたし、よくわからなくて……」
「わたしもそれは知りません。でもベンガルさんは素晴らしい人なんです!わたし、ベンガルさんの大ファンなんです!」
「あ、ああ……ファンだった人に誉めてもらえると嬉しいですよね」
「はい、わたしは店に来てくれて、ベンガルさんの大ファンになりました!」
「???……あ!店にいらしてお人柄や出演されている映画やドラマを知って、大ファンになったってことですね!?」
「違います!」
「えっ……?」

店主とわたしの間に流れる沈黙。
そしてわたしの前には、いつの間にか運ばれていたカレーとナン。冷めきってシャバシャバのカレーと、冷めきってパッサパサのナン。

「あの……いただいてもいいですかね……?」
「はい……」

シャバシャバとパッサパサだったけど、カレーもナンも美味しくて、「出されたばっかりだったらもっと美味しかったんだろうな」なんて思っちゃって。
顔に出ていたのかどうかわからないけど、店主は何回もわたしに謝ってくれました。
「ごめんね、自慢話に夢中になって、自慢したいはずの料理を美味しく食べてもらえなかったね」
って。
それで「美味しいご飯を食べられなかったお詫び」としてマサラチャイを出してくれて、「わたしの自慢話を聞いてくれたあなたへの報酬」と、食事代を無料にしてくれたのでした。

 

以来、俳優のベンガル氏を見るたびに、シャバシャバだけど美味しいカレー、パッサパサだけど美味しいナン、そしてA4サイズに引き伸ばされてパウチ加工された写真を思い出すわたしなのです。

またこの街に足を運ぶことがあれば立ち寄ろうと思いつつ、1年が過ぎ、2年が過ぎ
、5年が過ぎ、10年が過ぎ。
検索をしたら店の名前は別のものになっており、店主も料理人も入れ替わっているようでした。

 

結局どうしてベンガルが好きだったのかな?やっぱり名前かな?もう確かめようがないんだな。
そんなことはさておいて、元気でいたらいいのにな。

 

「死にたい」とつぶやく子どもたちに「命の大切さ」が響くのか

 

はじめての方には「はじめまして」。そうでない方には「お久し振りです」。

フリーランスライターの鈴木希望です。

ブログを引越しいたしました。理由は「今の自分はこっちの方が楽そう、なんとなく」、その程度でございます。

 

さて。昨日SNSで下記のブログがシェアされてきました。

lite.blogos.com

 

誕生学について知ったとき、わたしは強烈な違和感を抱きました。それはわたしが、松本先生おっしゃるところの「1割の子どもたち」のひとりであり、ごく身近にやはり「1割の子どもたち」として生き、若くして亡くなった幼なじみ(以下・T)がいたからです。Tに関しては若干のフェイクを入れて書きますね。

 

後にアスペルガー症候群と診断されるわたしと、今にして思えばADHDと思えるような特性を持っていたTは、学校では“扱いにくい子ども”とされていました。言葉にしにくい生きづらさを共有できることも、Tとわたしの距離を縮めていたのだと思います。

中学校に入るころ、わたしはてきめんに体調を崩し始め、朝から放課まで学校にいられない、半ば不登校のような状態になりました。今思えばアスペルガー症候群の二次障害だったのでしょう。Tは一見ごく普通に登校していました。

中学校卒業を間近に控えたある日、どんなタイミングであったかは失念してしまいましたが、「死にたいと思ったことはある?」とTに質問されたことがありました。

「あるよ。しょっちゅう。死にたいというか、自分をなかったことにしたいような」

「ああ、あるんだ。そうか」

「そういうこと言うなとか怒られそうだから言わないけど」

「でも、思っちゃうのはしかたないよね」

今にして思えばTも相当追い詰められていたのだと思いますが、自分も追い詰められており、そしてその自覚がなかった当時のわたしは、「そうか、Tも思うんだね」程度にしか感じていなかったような気がします。

別々の高校に進み、Tはそのまま県外の専門学校に進学。わたしは高校中退を経て就職、その後諸事情あってやはり県外に転居しましたが、電話や手紙の交換は続いていました。そうした中、彼女はうつ病を発症し、やはりうつ病を経験したことがあるわたしのもとに、泣きながら電話をかけてくることが増えたのです。

「わたしが死にたい、消えてなくなりたい、って言うと、そんな悲しいこと言わないで、って返ってくるの。わたしだって、死にたいとか思わなくて済むようになりたいよ。でもそういう気持ちが浮かんでしまう。それを吐き出すことさえ、わたしには許されないのかな?」

泣きじゃくりながらTの口から吐き出された言葉は、今でも耳に残っています。「そんな悲しいこと言わないで」と返してきた相手が誰なのかはわかりませんが、相当に堪えたでしょう。そう、彼女の言葉のとおり、「死にたい」と口にする人は「死にたいとか思わなくて済むようになりたい」けれどどうしていいのかわからないケースがほとんどなのです。

そしてTは20代前半のある日突然この世を去りました。

 

話は変わりますが、この話の数年後、わたしは夫からのDVを受け、精神的に衰弱していました。通勤途中、ほぼ無意識に線路に飛び込もうとして、周りの誰かに羽交い締めにされてはっとする、というのが日常化していたほどです。DVを受けているという自覚がなかった当時のわたしは、どうしたものかと悩み、とある人に打ち明けました。

「そうやって死の提灯を軽々しく掲げて同情引こうとするのはやめろ」

この言葉が返ってきたとき、「ああ、やっぱりつらさを吐き出す資格なんて自分にはないんだ」と思い込み、ますますふさぎ込みました。現在の元気なわたしがこのやりとりを振り返ると、相談された方もさぞかしお困りになっていたのだろうなと思えるのですが……。

 

DVを奮う夫から逃げてその後離婚、PTSDの治療をしていたとき、「つらい思いが浮かんだら、それを紙に書き殴る」というワークを医師に勧められました。「死にたい」「消えてなくなりたい」などと浮かんだら、それをそのまま紙に書く。考えず、ひたすら、浮かんだままに書き殴る。しばらくそれを続けていると、いつの間にか「生きたい」「生きたい」「生きたい」と、泣きながら書いているのです。「死にたい」と思うたび、本当は生きたい自分に気付かされました。何度も何度も「本当は生きたい」と泣きました。

ですから松本先生のおっしゃる

誰かに「死にたい」と告げるのは、「死にたいくらいつらいけど、もしもそのつらさが少しでもやわらぐのであれば、本当は生きたい」という気持ちがあるからです。

 この言葉が、身に染みてわかるのです。

 

生まれてきたことへの喜びを見い出せなかったり、生きることの楽しさを見失ってしまった子どもに、「命は大切。死ぬなんてもったいない」という正論のような言葉を伝えたところで、果たしてその心に響くのでしょうか。

 

「生きたくても生きられない人もいるんだから、って言われてもね。あげられるならその人に命をあげて、最初からいなかったことにして欲しいよ、わたしなんて」

15歳だったころの自分の言葉が、ふと思い出されました。